この度は、当社主催の「重要文化財伝上杉謙信所用「白頭巾」等報告会」にご参加いただき、誠にありがとうございました。
また、講演終了後のアンケートにおきましては、たくさんのご感想をお寄せいただきましたこと、心より感謝申し上げます。アンケートに記載いただきましたご質問につきまして、下記の通り回答いたします。
今後ともご高配を賜りますよう宜しくお願い申し上げます。
【今回の講演についてのご質問と回答】
Q.白頭巾の用途、意味としては、宗教上の装具でしょうか?
A.変わり兜の一種になると思いますが、宗教上の思いが込められていると思います。
Q.装飾のひもの赤色は紅花染でしょうか?
A.おそらく紅花染めだと推測されます。ただし、現段階では目視調査のみですので確定ではありません。
Q.上杉謙信の法号について、初名では宗心、本名では謙信となっていますが、なぜ法号が変化していくのですか?代々の殿様もこの様に法号が変わっていくのでしょうか?例えば宗房公時代に二の丸御殿に宗瀧?という人が住んでいたという先祖書きを読んだことがあります。この方もどなたかの法号なのでしょうか?
A.米沢藩七代藩主上杉宗房時代に、二の丸御殿に住んでいたのは、上杉家の支藩、米沢新田藩初代藩主の上杉勝周(かつちか)です。『上杉家御年譜23系図』によると延享2年、50歳の時に惣(総)髪になったとあります。剃髪ではないので法号ではなく、号かと思われます。ただし、勝周=宗瀧?の確証を得なければなりませんが、未詳です。
Q.伝上杉謙信の「伝」が材料の分析等により今後「伝」が外れる可能性はあるのでしょうかを教えてください。
A.限りなく上杉謙信に近づくとは思いますが、一次資料(当時の文献)によって証明されないと難しいです。上杉謙信ではない同時代の人物のものが紛れこんでいる、また、分析結果も年代幅があると上杉景勝の可能性も否定できなくなります。
Q.絹の平たい糸の種は何でしょうか。古来のカイコか、天蚕のうす緑色の光沢をもった生地だったのか。生物学的科学的な分析も知りたいところです。
A.古来の蚕と思われます。天蚕ではありません。指定文化財の調査の場合、非破壊での調査のみですので科学的調査に制限があるため推測となります。
Q.修理の順番はどのように決めているのでしょうか?損傷が大きい物からでしょうか?
A.確かに損傷の大きさが優先されますが、展示予定資料を先行させる場合があります。
Q.信玄公のイメージである「諏訪法性兜」は下諏訪の博物館でも何度も見たことがあり、今回の「白頭巾」の調査で、その竹と絹の材質の年代測定はできるのか?戦国時代のものであるかどうかは確認できたか、これについて興味を持っています。
A.材質からの時代特定は不可能かと思います。調査は非破壊であることも大きいですし、現在の調査方法では材質からの作製時期の限定は難しい状態だと思います。
Q.白頭巾の使用・用途不明の内側の糸は兜鉢の外側の環(名称忘れ)に通して固定していたとかはないでしょうか?
A.吹き流しに縫い付けられている紐の使用目的については、ご提案いただきました方法も含めて今後、関係皆様と協議を進めていきます。
また、質問1~4の結果は下記の通りになります。(来場者60名のうち30名回答)

